日本では東京都心部を中心として住宅価格の上昇が止まらない。国土交通省によると、2010年平均を100とした不動産価格指数 (住宅) は、2025年9月には住宅総合で145.4、マンションについては222.2 (いずれも季節調整値) に至るなど(*1)、15年間で1.5-2倍超の価格となっている。特に、2020年のコロナショック後から上昇スピードが加速しており、これは全世界的な建築需要の高まりによって資材費が高騰したこと、ウクライナ戦争の影響で物流・エネルギーコストも高まったこと、そして我が国の場合は加えて人手不足に伴って人件費も上昇したことが影響したとみられている。oその我が国を上回る速度で住宅価格が上昇しているのがオーストラリアである。例えば、シドニーでは2010年に約58万豪ドルだった戸建住宅の取引価格 (中央値) は2025年第3四半期には約146万豪ドルへと2.5倍に上る幅で大きく上昇した (図1)。なぜ、これほどにオーストラリアの住宅価格は激しく上昇しているのだろうか。
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図1
出所:Australian Bureau of Statistics
建築費上昇はグローバルで起こっている事象であることから、オーストラリアでも同じことが起きていることは言うまでもない。では、オーストラリア特有の事象とは何だろうか。まずは需要面から探っていきたい。
最も大きなポイントとしては人口増加がある。オーストラリアでは出生率こそ他の先進国同様に低迷しているものの、毎年20万人を超える移民を受け入れており、年間40万人程度人口が増加している(*2)、その分自ずと住宅需要が高まるわけだが、供給がこれに追いついていないため、価格の上昇圧力を強めている (賃金水準の高い高技能労働者を中心とした受入を進めているため、彼らが高い価格に対応できている点もまた大きい)。実際に、住宅空室率はなんと1.2% (2025年9月時点)(*3)と報じられており、条件が悪く居住に適さない物件も存在することを踏まえると、事実上空室はないに等しい状態である。このため、いったん賃貸の募集が掛かると、内見に家を求める多数の人々が集まり、入居申込はスピード勝負となる。加えて (義務でこそないものの) 応募時にはいかに自分が賃借人として相応しいかを自己アピールを行うカバーレターが求められる等、氷河期の就職活動と見紛うような状況となっている。
税制もまた問題を大きくしている。オーストラリア人/永住者である個人が12カ月以上保有した資産については、課税対象が売却益の50%のみになる減免措置があるほか、自己居住用不動産についてはそもそも売却益への課税が免除されるなど、投機を呼び込みやすい制度となっている。ローンで投資用不動産を購入し、運用損を出して損益通算を行うことで節税しつつ、最終的には売却して運用損を上回る売却益を得る「ネガティブ・ギアリング」という手法まで広まっており、政府が規制強化を検討している(*4、5)。
供給面からも見てみよう。アルバニージー政権は住宅不足解消のため、2024年、320億豪ドルを投じて2029年までの5年間に住宅120万戸を供給する目標とするHomes for Australia計画を発表・開始した(*6)。ところが、翌2025年には既に遅れが指摘され、最終年度で目標に対して18万戸分未達となる可能性が報じられている(*7)。政府を挙げての取り組みにもかかわらず、なぜ供給が増えづらいのだろうか。資材費上昇によって事業採算が取りづらくなっていることが供給制約の一因であることは間違いない。ただ、より細かにみていくと、それに留まらず複数の要素が絡まりあっていることが浮き彫りになってくる。
まず、インフラ整備が不十分である点が挙げられる。住宅を整備するにあたっては、電気・ガス・上下水道はもとより、学校、医療機関、道路、そして公共交通機関等のインフラが整備されていることが前提となる。2000年時点の約1,900万人から2024年には約2,700万人へと人口が急激に増加したオーストラリアでは、これが追い付いていない。特に、交通機関の整備は莫大なコストと極めて長い時間を要する。この点、我が国も戦後、住宅不足が深刻であったものの、鉄道を中心とした交通インフラは戦前より整備が進んでいたことから住宅整備の余地は比較的豊富で、公団住宅をはじめとした住宅の大量供給が可能だったと考えられる。
次に、開発・建設の許認可により多くの時間が掛かっている。近年、環境関係規制をはじめ規制が増加・複雑化してきたことで、所管行政機関の数も増加している。そんな中、相互の連携・情報共有が十分になされていないため、許認可の取得に際しての申請者側の手間や所要時間が大きく増えたといわれている。さらに、特に市区町村レベルの役場における人手不足により、建設が完了した後の住所の付与等のプロセスにおいても作業が追い付かずに6-12週間程度さらに遅延が生じるなど、多くの非効率が起きていることが明らかになっている。
加えて、自治体によっては、急激な人口増加に伴う居住環境悪化や高層建築による景観悪化を恐れる住民の声を受け、大規模住宅開発の許認可を出さないケースがあるなど(*8)、 NIMBY (“Not In My Back Yard” (「必要なのはわかるけれど近所につくるのには反対」)) の風潮も強く(*9)、新規住宅供給への逆風となっている。
そして、もう一つ大きな課題として、建設業界の供給力が伸び悩んでおり、需要に見合う量の建設を請け負うことができていない。
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図2
出所:Australian Bureau of Statistics
オーストラリアの建設業の供給力の伸び悩みの原因としては、建設業の生産性の低さが指摘されている。政府統計によれば、1991年度を100としたときに、2025年度の生産性指数はSelected industries (産業横断) が121に伸長しているのに対し、Constructionはなんと89で35年間の間にむしろ悪化している (図2)。1990年代から現在に至るまでには、コンピュータ・インターネット等のテクノロジーの普及をドライバーに生産性が産業横断的に大きく向上した時期であり、その中で悪化するというのはなかなか直感的に理解しがたい。なぜ、このようなことが起きるのか。その要因として、連邦政府生産性委員会の分析では、複数の構造的要因が挙げられている。(*10)
まず、企業規模の小ささである。下請構造となっている建設業界は、中小企業が業界の大半を占めており、大手4社の市場シェアはわずか12%に留まる (2012年)。この点、例えばインフラや製造業が60%前後となっているのとは対照的である。企業の平均従業員数は産業全体の5.5人に対して、建設事業者は2.7人 (住宅建設事業者に限れば1人台) に留まっている。このようなサイズでは、分業によって業務効率を高めるなど規模の経済を生むことは極めて困難である。なお、我が国の建設事業者の平均雇用者数は8.1人であり(*11)、豪州事業者の小ささは際立っている。
次に、低調なイノベーションである。豪州の建設業界は他産業と比べてもテクノロジーの活用等に後ろ向きであることが指摘されている。先述の通り、ここ数十年の間、コンピュータ・インターネットをはじめとしたテクノロジーの進化と普及をてこに、多くの産業では生産性を高めてきた。ところが、オーストラリアの建設業においては、新商品・サービス開発へのデータ活用の度合いが調査対象17産業中最下位、サプライチェーンマネジメントへのデータ活用の度合いが14位 (2017年) に位置するなど(*12)、新技術を活用することに積極的とはお世辞にも言えない状況だ。この背景には、もちろん先述の通り、事業者の規模が小さすぎて、テクノロジー活用を考える余裕すらないことが関係しているだろう。さらに、業務がプロジェクトベースであるがゆえ、案件ごとに企業の離合集散が繰り返され、イノベーションのベースとなる知見・ノウハウの蓄積と共有が起こりづらいこともまた指摘されている。
さらに、建設現場で工事に従事する職人の数が足りていない。移民国家のオーストラリアは人材供給がふんだんにありそうなものであるが、特に、コロナ禍中に移民受入を制限したこと、移民受入時に優先する職種に最近まで建設業従事者を含めていなかったこと、建設業従事者のビザ発行に慎重な審査ゆえに最大18カ月ほども要していたこと、などが重なった結果、人材不足は顕著となり現在もその余波が残っている。加えて、建築費の上昇によって利幅が圧迫されていることや生産性が低いこともあって賃上げ余力が限られており、人材を引き留めることができずに他産業への流出を許している。インフラ建設をはじめとした官主導案件も多数走る中、官民での労働力の奪い合いとなっているとの指摘もある(*13)。
このように、いくつもの要因が折り重なった結果として需給バランスが崩れており、それが住宅価格の上昇を招いていているのである。そして、いずれの要因も短期的に解消できるものではない。仮に解消したとして不動産開発は用地取得から入居まで短くても数年間を要する性質を持つことを踏まえると、しばらくこのトレンドは続きそうである。
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図3
出所:Australian Bureau of Statistics
複合的・構造的問題が住宅不足を引き起こしており解消は容易ではないとはいえ、静観しているわけにもいかない。中央銀行であるオーストラリア準備銀行は、消費者物価上昇の加速を受け (2025年12月時点で3.8%)、2026年2月に2年3カ月ぶりに政策金利の利上げを行った (3.85%へ0.25%引き上げ)。インフレ率が目標レンジである2-3%に収まるのは2027年中頃になるとみられていることから、今後の追加利上げも示唆されている。また、インフレに賃金上昇が追いついていないことから実質賃金は減少傾向にあり、人々の悩みの種となっているのだが、この物価上昇の最大の要因が住宅価格なのである (図3)。この不満は住宅価格上昇の一因である移民政策への怒りを呼び、結果、移民受入数の制限や不法移民の強制送還を掲げる右派政党One Nationの支持率が主要政党と並ぶほどに急伸している。現在の状況が続けば、オーストラリアの社会経済に深刻な亀裂を生みかねない。
ここまでオーストラリア住宅市場の課題を中心に見てきたが、一方で、需要が供給を大きく上回り、成長が中長期的にも見込まれ、なおかつ地政学リスクが小さいという、グローバルでも希少な市場であることは間違いない。このため、中長期的な成長余地が不透明な国内市場からの分散を図る日本の不動産デベロッパーやハウスメーカーの豪州進出・事業拡大が続いている。例えば、三井不動産・三菱地所・阪急阪神不動産・住友林業・旭化成ホームズ等の大手が進出し、確かな地位を築いている。
日豪間の連携は、アジア太平洋地域において共通の価値観を持つ先進国同士の関係として、政治のみならず経済においても年々深化しており、2025年は日本からの対豪投資額は過去最高となる13兆円を記録した(*14)。その対豪投資のドライバーとなっている分野こそが不動産分野なのである。不動産の中でも住宅領域は、確かな実績とノウハウを持ちながらも市場成長余地を課題とする日本と、高い市場ポテンシャルを持ちつつも供給不足という課題に直面するオーストラリアとが、まさに相互補完し得るフィールドであって、今後も両国間の協業・M&Aを含む経済交流は活発化すると考えられている。
そのような中、豪州進出や事業拡大を検討する日本の不動産デベロッパー・ハウスメーカーの留意点としては、本稿で触れた通り複合要因による供給制約が生じているため、参入や拡大にあたってはそれをクリアするための戦略や施策をあらかじめ用意しておくことではないかと考える。現地企業との提携やM&Aもそのオプションとなるであろう。
合同会社デロイト トーマツと豪州法人Deloitte Australiaは、日豪双方に不動産専門チーム・M&Aアドバイザリーチームならびに日本企業担当メンバーを擁し、事業戦略検討・市場調査・デューデリジェンスをはじめ、両国間の不動産・建設企業の協業・M&Aを広範に支援してきた。関心をお持ちの場合は、お気軽にご連絡いただければ幸いである。
*1 国土交通省
*2 Australian Bureau of Statistics
*3 SQM Research
*6 Australian Financial Review
*7 Australian Financial Review
*8 Australian Financial Review
*9 Australian Financial Review
*11 厚生労働省
*13 Casu Australia
*14 日本経済新聞

太田 和彦
合同会社デロイト トーマツ
シニアマネージャー シドニー駐在員
国内大手不動産デベロッパーにて台北事務所副所長・上海事務所所長等を経験。その後、外資コンサルティング会社を経て、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 (現・合同会社デロイト トーマツ) 入社。ライフサイエンス ヘルスケア スポーツビジネスグループにて、スポーツ・ヘルスケア領域におけるM&A・市場調査・経営計画策定・海外市場参入検討等の支援業務を担当後、現在はオーストラリアに駐在し日本企業の豪州市場進出支援業務に従事。