鹿児島銀行の源流へとたどっていこう。鹿児島銀行は昭和27年、鹿児島興業銀行が改称した銀行である。その鹿児島興業銀行は、昭和19年に旧鹿児島銀行、鹿児島貯蓄銀行、第百四十七銀行が合併して生まれた。
このうち鹿児島貯蓄銀行は、明治30年から大正10年まで営業していた同名の鹿児島貯蓄銀行の貯蓄業務を継承した銀行である。ちなみに貯蓄銀行とは、一般の小規模の預金や定期積金によって資金を集め、これを公共債に運用したり、一般の住宅資金に貸し付けたりすることを主な業務とした銀行のことである...
“ご当地銀行”の合従連衡史の3回目は、青森。青森にはみちのく銀行と青森銀行の2つの有力地銀があるが、行員数、支店数などで、ほぼ互角の両銀行の歴史をたどっていくと、県内の主要都市である青森市と弘前市の“せめぎ合い”の歴史が感じられる。
“ご当地銀行”の合従連衡史の2回目は、沖縄。沖縄には琉球銀行と沖縄銀行の2つの有力地銀があるが、ここでは琉球銀行を取り上げよう。琉球銀行は現在の日本政策投資銀行、日本政策金融公庫のように、特殊法人の政策金融機関、特殊銀行として設立された。
日本各地の「地銀」のルーツをたどってみよう。そのM&A―合従連衡の歴史をひも解けば、銀行や金融経済の成り立ち、日本の伝統産業、商業の集積の移り変わりなども見えてくる。第1回は「北海道」。北の大地には、北海道銀行と呼ばれる組織が2つあった。