キユーピー人形をはじめとする各種のアンティーク人形、メガネのフレームやピンポン玉、また下敷きなどにも広く使われたセルロイド。ニトロセルロースと可塑剤となる樟脳を主原料とする合成樹脂で、世界で初めて工業生産されたプラスチックとして知られる。
日本では1908年に設立された堺セルロイドという会社と、日本セルロイド人造絹糸という会社によって、ともに1910年頃から製造が始まった。
その技術発展・量産化には多くの日本人技師・工場職員の活躍があったが、技術指導を担った外国人技師の活躍を忘れてはならない...
かつて「黒壁銀行」といわれた国立第百三十銀行長浜支店と同市商店街が「黒壁」をテーマに蘇った。ガラス事業から多事業に展開し、年間200万人を超える観光客を迎えるまでになっている。
日本の養蚕業のメッカ・群馬。今日、富岡製糸場が世界遺産として人気を集める一方で、農民による組合製糸結社・碓氷社があった。その組織形態は農協のルーツともいえるものだった。
「弘前れんが倉庫美術館」の建物は、もともと地元酒造会社の工場・倉庫だった。同時に、日本のシードル(りんご酒)発祥の地でもあった。美術館として再生するまでの歴史をたどる。
清水港湾博物館(フェルケール博物館)の裏手にひっそりと建つ「缶詰記念館」。清水の缶詰産業の源流であるとともに、SSKブランドで知られる清水食品の源流でもある。
“世界のトヨタ”、そのルーツは豊田一族が邸宅を構えた名古屋市東区主税町界隈にある。現存するのは、トヨタグループの創始者・豊田佐吉の弟佐助の旧宅だけとなっている。
北海道江別市野幌にあるローカル商業施設「ËBRI」。ヒダという自主廃業した窯業会社の煉瓦造りの工場を自治体が2016年に商業施設に再生した。
新潟県で花開いた石油産業。その重鎮の一人、「石油王」といわれたのが中野貫一だ。越の国・新津の油田開発と貫一、また貫一が興した企業のM&Aを追う。
埼玉県最古の歴史を持つ映画館が川越スカラ座だ。2000年代にいったんは休館するものの、地元有志が買い取り、再オープンに漕ぎ着けた。首都圏近郊のミニシアターとして、地元ファンの人気を集める。
札幌の赤レンガといえば北海道庁旧本庁舎が有名だが、サッポロビール博物館の赤レンガも同時期に竣工した建造物である。数奇な歴史を辿る“もう一つの赤レンガの物語”。
通天閣は第二次大戦前までの初代と戦後再建された2代目、合わせて100余年にわたり大阪のまちのシンボルとして建つ。その間、3 度にわたり所有者が変わってきた。
かつては世界の7割のシェアを誇った北海道の北見ハッカ。海外生産などの波に揉まれて2度、停滞・衰退の道をたどる。だが、そのたびごとに復活を遂げてきた。
大阪馬車鉄道が前身の阪堺電車。南海電鉄などとのM&Aを経て、1980年からは阪堺電気軌道として経営を続け、存続が危ぶまれる中、地元の足として欠かせない存在となっている。