加藤商会は現存する会社ではないが、往時は名古屋港を出入りする外米の8割を取り扱っていたとされる尾張きっての米商社だった。創業者は名古屋財界の重鎮といわれた加藤勝太郎である。
勝太郎は1885(明治18)年に愛知県中島郡大里村(現稲沢市)で生まれ、名古屋商業学校(現名古屋市立名古屋商業高等学校)を卒業し、兵役を経て二十歳を超えた頃に貿易商を志して単身、香港に渡った。中国や東南アジアの国々を見て周り、時計などの商品を買い付けては販売した。
勝太郎は貿易業務の知識・腕を磨き、多くの人脈を得て帰国の途につく。そして地元に戻り、名古屋で外米の取り扱いを始めた...
箕面温泉スパーガーデン・箕面観光ホテル。その歴史を見ると、阪急創始者小林一三の経営への意気込みと、いくつものM&Aが繰り広げられてきたことがわかる。
尾小屋鉱山。最盛期には日本有数の銅生産量を誇ったとされる北陸を代表する鉱山だった。現在は県立尾小屋鉱山資料館が置かれ、坑道はマインロードと称して観光整備がされている。
兵庫県東部の工業都市、尼崎市の阪神本線「大物」駅で降りて南に10分足らず歩いたところに、赤煉瓦づくりの瀟洒な建物がある。2019年まで開館していた「前ユニチカ記念館」だ。
かつて「黒壁銀行」といわれた国立第百三十銀行長浜支店と同市商店街が「黒壁」をテーマに蘇った。ガラス事業から多事業に展開し、年間200万人を超える観光客を迎えるまでになっている。
日本の養蚕業のメッカ・群馬。今日、富岡製糸場が世界遺産として人気を集める一方で、農民による組合製糸結社・碓氷社があった。その組織形態は農協のルーツともいえるものだった。
「弘前れんが倉庫美術館」の建物は、もともと地元酒造会社の工場・倉庫だった。同時に、日本のシードル(りんご酒)発祥の地でもあった。美術館として再生するまでの歴史をたどる。
清水港湾博物館(フェルケール博物館)の裏手にひっそりと建つ「缶詰記念館」。清水の缶詰産業の源流であるとともに、SSKブランドで知られる清水食品の源流でもある。
“世界のトヨタ”、そのルーツは豊田一族が邸宅を構えた名古屋市東区主税町界隈にある。現存するのは、トヨタグループの創始者・豊田佐吉の弟佐助の旧宅だけとなっている。