前回は、東武鉄道と東上鉄道の合併の背景には、東武伊勢崎線の西新井駅と東上線の上板橋駅を結ぶ西板線を敷設して両鉄道をつなぎ、経営の合理化をはかるという根津嘉一郎の意図があったことを述べた。しかし、根津がもっとも大規模な資本統合を実施したのは、日光の観光開発にからむ買収劇であった。
日光には、徳川家康を祀った華麗な東照宮と輪王寺、二荒山神社など貴重な史跡が豊富に存在し、それをとりまく自然美も美しかった...
東京の副都心・池袋から埼玉県の川越・寄居に向けて北上する東武東上線。東武本線とは切り離されている路線だが、その埼玉県からの主要な通勤路線に育てたのは「鉄道王」と称された根津嘉一郎の功績の一つだ。
阪神・阪急の経営統合の真のねらいは、旅客輸送のシェアを高めるJR西日本に対抗して、阪神・阪急がJR包囲網を築くことにあった。その対象は、不動産・百貨店・ホテルなど、阪神・阪急の兼業部門にも及ぶ。
日本全国に伸びる鉄道網。戦後70余年はその拡大と縮小の歴史でもあった。その歴史には鉄道各社が掲げる「鉄の理念」と、ライバル会社との競争を生き抜くしたたかな「鉄の思惑」が交錯する。鉄道の資本移動という観点から、その歴史を振り返ってみる。