国鉄日光駅前から岩ノ鼻を経て馬返まで、日光電気軌道(資本金20万円)の軌道線が開業していた。同軌道は、日光東照宮、輪王寺、二荒山神社などへの観光客や日光電気精銅所に出入する貨物の輸送を目的に、日光町の有志と古河合名会社によって1908年9月に設立され、10年8月に開業した。
根津は、東武日光線開業前年の1928年、この日光電気軌道線を系列化においた...
東京の副都心・池袋から埼玉県の川越・寄居に向けて北上する東武東上線。東武本線とは切り離されている路線だが、その埼玉県からの主要な通勤路線に育てたのは「鉄道王」と称された根津嘉一郎の功績の一つだ。
阪神・阪急の経営統合の真のねらいは、旅客輸送のシェアを高めるJR西日本に対抗して、阪神・阪急がJR包囲網を築くことにあった。その対象は、不動産・百貨店・ホテルなど、阪神・阪急の兼業部門にも及ぶ。
日本全国に伸びる鉄道網。戦後70余年はその拡大と縮小の歴史でもあった。その歴史には鉄道各社が掲げる「鉄の理念」と、ライバル会社との競争を生き抜くしたたかな「鉄の思惑」が交錯する。鉄道の資本移動という観点から、その歴史を振り返ってみる。