1929年から30年にかけて日本経済は深刻な不況に陥った。こうしたなかで、1928年10月に電気事業経営の許可を受けた東京山手急行電鉄は路線建設の準備に取りかかったが、建設資金の調達が思うように進まなかった。渋谷急行電鉄も資金調達が困難となり、路線建設が暗礁に乗り上げた。
渋谷急行電鉄は、会社を存続させることさえ難しくなり、東京横浜電鉄の五島慶太、鬼怒川水力電気の利光鶴松に相談をした。その結果、鬼怒川水力電気に過半数の株式を譲渡し、経営を委ねることになった...
「鉄道の資本移動の歴史」のスピンオフ企画。西武鉄道がかつて所有した休止線・廃線の「西武安比奈線」と「東京都水道局小河内線(俗にいう水根貨物線)」を訪ねてみた。
なぜ西武鉄道の設立記念日は、武蔵野鉄道が設立された1915年4月15日なのか。そこには武蔵野鉄道と旧西武鉄道との合併劇を主導した堤康次郎の存在が大きかった。