1941年6月28日、すでに喜寿を迎えていた利光鶴松は小田急電鉄の社長を辞任し、後継社長には副社長の利光學一が就任した。學一についてはすでに述べたところであるが、社長在任期間はわずか2か月半に終わった。利光鶴松が、五島慶太に小田急電鉄の社長に就任するよう要請したからである。五島はさすがに即答を避けたが、9月20日に社長となった。
五島と利光は、京浜電気鉄道の買収をめぐって浅からぬ縁があった...
「鉄道の資本移動の歴史」のスピンオフ企画。西武鉄道がかつて所有した休止線・廃線の「西武安比奈線」と「東京都水道局小河内線(俗にいう水根貨物線)」を訪ねてみた。
なぜ西武鉄道の設立記念日は、武蔵野鉄道が設立された1915年4月15日なのか。そこには武蔵野鉄道と旧西武鉄道との合併劇を主導した堤康次郎の存在が大きかった。