1938年4月、鉄道会社やバス会社の整理統合を政策的に促進しようという陸上交通事業調整法が公布された。東京郊外の交通事業は、①中央線以南、②中央線と東北線の間、③東北線と常磐線の間、④常磐線以南の4ブロックに分けて調整されることになり、第1ブロックには、小田原急行鉄道、東京横浜電鉄、京浜電気鉄道、京王電気軌道、相模鉄道などがあった。交通事業調整委員会の特別委員でもあった五島慶太は、東京横浜電鉄を中心に京浜電気鉄道、小田原急行鉄道、京王電気軌道を統合するという構想を描いていた...
「鉄道の資本移動の歴史」のスピンオフ企画。西武鉄道がかつて所有した休止線・廃線の「西武安比奈線」と「東京都水道局小河内線(俗にいう水根貨物線)」を訪ねてみた。
なぜ西武鉄道の設立記念日は、武蔵野鉄道が設立された1915年4月15日なのか。そこには武蔵野鉄道と旧西武鉄道との合併劇を主導した堤康次郎の存在が大きかった。