【西京銀行】“西の京”山口で新機軸を打ち出す第二地銀|“ご当地銀行”の合従連衡史
解説文 山口県の第二地銀である西京銀行。インターネット銀行構想など新手の事業進出を狙ったこともあるが、昨今は銀証共同店舗の拡大に新機軸をみいだす。
大東銀行は日本の金融史では三たび登場する。最初は1922(大正11)年から1925年にかけて東京に存立していた大東銀行。もう一つは1932(昭和7)年から1941年にかけて福岡に存立し、その後、筑邦銀行、福岡銀行へとつながる大東銀行。そして最後に1989(平成元)年に福島県郡山市に誕生した第二地銀の大東銀行である。
大東銀行をめぐっては最近、その資本関係が一転二転し、注目を集めた、県内の福島銀行と資本業務提携を行っているネット証券大手のSBIホールディングス(以下、SBI)が2020年5月、大東銀行の大株主、プロスペクトから17.14%の株式を取得し、筆頭株主になったのである。
大東銀行の筆頭株主だったプロスペクトとは、東京千駄ヶ谷でマンション分譲事業、再生可能エネルギー事業を手がける会社(現在はJトラストに吸収合併され解散)。その後、SBIは大東銀行の株保有比率を19.5%に増やした。
ところが、2023年2月、大東銀行はSBIが保有する同行の全株式をHSホールディングスに売却する予定だと発表した。HSホールディングスとは、かつてHISグループに属していた澤田ホールディングスが2022年1月に社名変更した持ち株会社。モンゴルのハーン銀行(持ち分法適用関連会社)、キルギスのキルギスコメルツ銀行(連結子会社)などの海外金融事業で知られる。大東銀行はHSホールディングスが同年2月22日に筆頭株主になったことを臨時報告書で発表した。
大東銀行の本店は県庁所在地の福島市ではなく、福島の商都と称される郡山市にある。郡山市は福島市より人口が多い。2023年3月期の経営状況資料(2023年6月発表)によると、貸出金(6612億円)が過去最高となり、総預金(7994億円)、預り資産(1208億円)、コア業務純益(28億4300万円)も堅調だ。また、経費削減(2018年3月期比20.1%削減)や、1人あたりコア業務純益(同2.75倍)などでも着実な進展が見られる。
その大東銀行の源流は、1942(昭和17)年に会津勧業無尽、磐城無尽、郡山無尽の3社が新立合併して誕生した大東無尽である。この3無尽のうち、磐城無尽は1921(大正10)年に個人事業として営業を始めた磐城無尽商会が源流であり、郡山無尽は1914年に設立された奥羽殖産無尽が源流である。
その後、大東無尽は1951(昭和26)年に相互銀行法の制定に伴い大東相互銀行に改称し、1989(平成元)年に普通銀行へ転換し大東銀行に改称した。大東無尽から大東銀行に至るまでの間、合併や買収を行うことはなく、いわば無尽→相銀→第二地銀という典型的な第二地銀の足取りをたどってきた。
普銀に転換して以降は、クレジットカード業務を行う大東ミリオンカードと大東カード、信用保証業務を行う大東信用保証、リース業務を行う大東リースを1989年から1991年の間に相次いで設立し、金融サービスの幅を拡充した。2005年にはグループ再編として大東ミリオンカードを大東クレジットサービスに社名変更するとともに、大東カードが吸収合併した。2006年には大東信用保証と大東リースを合併させ、大東リースとして再出発した。
文:菱田秀則(ライター)
解説文 山口県の第二地銀である西京銀行。インターネット銀行構想など新手の事業進出を狙ったこともあるが、昨今は銀証共同店舗の拡大に新機軸をみいだす。
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